日本刀の取り扱い作法
今回は日本刀の取り扱いの作法について見ていきます。
日本刀は、歴史、教育、精神、武器、美術、工芸品等の各方面よりこれを点検して、世界的唯一無二の貴重品であるということは、今更申し上げるまでもなく既に皆様の御承知のことで、従って、この貴重品の取り扱い作法および保存法を知悉しておくことは、日本国民の義務と申しますよりは、むしろ常識の一つなりと言いと存じます。
取り扱い作法
刀剣は、国初以来の伝統的貴重品でありますから、その取り扱い作法も中々やかましいものでありましたがそれらは全て省略致しまして、現在一般に行われております御作法を御紹介致します。勿論、昔のそれと比べますればすこぶる簡易化されておりますが、その性質上やはり複雑多岐に渡りますから、まずもって、そうしては悪い、こうするものであるという点を、端的に箇条書きの形式で御話致しまして、後に御刀拝見の場面を仮想して、主客の作法の一斑を御話することに致したいと存じます。
一、 刀剣を取り扱う時は、心神を明朗にして姿勢正しく正座すること。
一、 刃の方を人様に向けないこと。
一、 柄または茎を持とうとする時は、必ず袱紗をあてること。
一、 取り扱い中は常に刃の方を上にすること。
一、 鞘ばしる恐れがあるから小尻の方を下げて持つ。
一、 抜くといわず鞘を払うといい、鞘にさすとはいわず、納めるという。払ったり納めたりする時は抜く、さすという気持ちではなく、滑り込む滑り出すという気分であること。
一、 鞘を払うには刃の方を上にして膝の上に受け、鯉口を緩めてから。
一、 横にして抜いたり納めたり、あるいは六、七寸抜きかけて横にして中身を見る人もありますが、これは刀身に「シケ」という疵が付いたり、鞘の内部を削り取ることがありますから禁物であります。
一、 拵付(俗に「ツクリ」ともいう)のものや抜身の時は、火鉢や電灯などに当てない様に注意すること。
一、 抜身は畳や机の上に直に置かぬこと。
一、 抜身を持ったまま御話をしないこと。もし止むを得なければ口数少なく応答する。巻煙草をくわえて平気で御話するのはもっての外です。
一、 短刀をつい気軽に宙に浮かせて、しかも左手に柄を持ってグイと抜いたため、反動で右手に大怪我をした実例があります。短い物でも式法通り鯉口を緩めてからのこと。
一、 切先が鞘を離れる瞬間は、左の手首を傷つける恐れがありますから注意すること。
一、 鞘に納めるには鞘の刃の方を上に向けて少し高めに持ち、小尻は畳に触る程度にし、柄は下げ切先は上げ切先の棟を鯉口に当てて、静かにそろそろと柄を上げ棟で滑り込む様に納めること。
一、 刀身には息やツバがかからぬ様にすること。くしゃみは突発的なもので非常に困ります。
一、 刀身の光っている部分には、直接手が触れぬ様にする。柄を余りに深く持つ癖の人は、指がハバキを越して刀身に触れますから注意すること。
以上で作法の一部は、御了解ありましたことと致します。
次は、御刀拝見であります。これは御刀の持主を御主人とし、拝見の方を客とします。御刀は(1)袋に入れたまま御出しになった場合、(2)袋をのけて御出しになった場合、(3)抜身で御出しになった場合、の三場面でありますが、(1)と(2)の区別は袋の処理法が違うだけでありますから一所に御話致します。
(1)と(2)の場合。
主人は柄を客の右にして出します。客は一礼して恭しくすくい取る様に両手で請け、図1の構えで少し頭を下げて恭しく戴きます。袋入りなれば左の膝頭に移して、小尻は畳につく程度に下げて真中を持ち、右手で静かに紐を解き袋の口を開いて折返し紐をまとめ、左の手に袋と一緒にしっかりと持ち、図2の構えで鯉口を緩め、図6と反対に小尻を上げて鞘を払います。御刀は柄頭を右の膝頭に当たる程度にして立てて、同時に鞘は鯉口を後ろに向けて左の膝近くに置く。その構えは図3であります。
次は、図4の構えで、姿勢正しく御刀を真直ぐに立て、柄頭に左手を添え軽く頂いて御刀を持つ右の手をグット前へ延ばし、心を鎮めて、第一に差し裏ハバキ元から切先までの、刀身全体の構成条件を看て、持ち替えて、差し表切先からハバキ元まで前の通り見おろします。ここで、新刀か古刀か銘刀か凡刀か何伝の御刀などの大体の区別を付け、左の手に袱紗か拭い紙をとり図5の様に御刀を手元へ寄せ、横に構えて拭い紙で受けて鍛錬の精粗地鉄の良否鍛え肌の種類などを見極め、更に刃紋の種類巧拙沸焼か匂焼かの区別などを綿密に調べて、結局誰作と断定致します。ここが愛刀家の最も力を入れ、かつ興味をもつ所であります。
この時座敷の光線の具合で、刃紋や沸匂が判然しないことがありましたら、その時は御刀を色々に持ち替えます。以上で拝見が終わりますと、また図3の姿勢に戻って、御刀は右の膝頭に立て、左の手に鞘をとって図6の構えで鞘に納め、袋は元の如く処置して主人へ戻します。
鞘を払って御出しの場合
これは全くの略式で、余程親しい間柄の取り急いだ、批評本位の時に多いのであります。
主人は御刀の棟を客の方にして、右の手にかなり柄の上部を持ち、刀身を真直ぐに立てて出します。客は右の手で柄を持ち左の手を柄頭に添えて受けます。そこで居ずまいを正して恭しく頂いて拝見致します。終わりましたならば請けた時と同様な要領で戻します。
茎の拝見
一、 目釘を抜きますには鞘のまま柄を右に刃を向こうむきにして、畳の上に静かに置いて目釘抜で目釘の細き方を軽く打ち、目釘を緩めてから抜きます。抜いた目釘は懐紙の上に置く。
一、 柄が堅く抜けない時は、布を柄の鯉口のハバキ台、また拵付なら鍔の上に丁寧に被せて、当て木を当て水牛か木の小槌でコツコツと気を付けて打って緩んだ所で抜きます。なお抜けなければ、自分で当て木を持ち、他の人に打って貰う。この時は一方のみを叩かず四方をゆるゆると叩く。
一、 目釘を抜いて刀身を七、八寸抜かせて、鞘へ勢いよくパチンと音を立てて戻す。これを二、三回繰り返しますと相当激しく錆付いたものでも抜けますが、これは非常に危険で、切先を折ったり鞘の鯉口を砕いたり致します。
一、 茎の深錆は、丁子か椿油を沢山付け一日置いて、極小さい金槌で他に疵の付かない様に軽くコツコツと叩くととれます。
一、 茎は、真偽鑑定の上からも賞玩の上からも大切な所で、みだりに手を付けることは考えものですが、中には、切ってある銘が不判明とか、あるいは出て来るだろうとか、甚だしいのは錆びていてきたないからとやすりや砥石で光らして、滅茶苦茶にしてしまう人もあります。
次は、茎拝見の仕方であります。拝見は、主人の御評を受けることになっています。茎は、古い所では八百年とか千年とかの、その時代時代の錆色の味わいと、刀工銘の鏨振などに妙味津々としたものがありまして、その道の人にはたまらなく嬉しいものであります。主人が柄を抜いて出されたならば茎は袱紗を使って持ちます。この時は刀身が滑り出すことがありますから注意を要します。中身は鞘に納めたまま表裏を拝見して、請けた時の要領で御返しする。御刀拝見の時、茎を御覧下さいと御言葉がありましたら、目釘を抜き鞘を払い、図6の型で柄の先を左の手に持ち替え、刀身を右の肩の方に倒してしっかりと握り、右の手で左の握っている手の親指の根本を叩く。茎が十分緩んだならば右の手に持ち替えて、一旦鞘に納め左の膝頭の所で静かに柄を抜き、右の膝の先へ目釘と並べて置く。型の如く茎の拝見が終わりましたならば、右の手で鞘を払い左に持ち替え、右で柄を取ってはめ込み目釘を打って鞘に納める。この時柄が堅ければ、刀身を立てて左の手の平で柄頭をトンと叩きますとよろしい。御返しの仕方と同じであります。
(NHK「ラヂオ・テキスト 刀剣講座」より)